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2007年05月 アーカイブ

2007年05月19日

和歌山の素晴らしさ

日記が滞り申し訳ありません。久々に書かせていただきます。和歌山へ着任して1年半が経ちましたが改めて和歌山について感じた良い点やお勧めなど述べさせていただきます。
1番目は、食い物が美味い!

東京では一流のお店に行けばやはり美味いが、街中の普通のお店では、余程行列が出来る店を除けば、ただ満腹になるだけですが、和歌山ではそこらにある普通の店が食べてみて期待を上回る美味さです。また店員さんやオーナーが愛想良く気持ちも良いので更に満足します。それから行列しないで食べられるのも良いですね。
 食物の中でも魚が新鮮で美味さは特筆物です。和歌山近くの雑賀崎や湯浅で朝取れた魚が食べられる。飲食店は勿論ですがオークワ等のスーパーマーケットでも地魚のコーナーは同様に鮮度が抜群です。東京では築地経由なのでこんな新鮮な魚は余程の料亭などでないとあり得ません。
2番目は、海山川と言った自然が綺麗。
まず海の色が違います、黒潮が直接沿岸部に来ているのか透明度が優れていて南方系の爽やかさを感じます。(千葉房総の海は千島海流と関東ローム層の黒い砂の為か和歌山のようにブルーの綺麗な感じがしませんでした。)川も綺麗です(ただし紀ノ川は除く)、富田川、新宮川、日置川など紀南の川は透き通り何とも言えない位水が綺麗でしかも堤防が無く自然のままの姿なのが良いですね。
3番目は温泉が豊富で至るとことにあり泉質も素晴らしい。
和歌山市近くでは花山温泉、本町温泉(銭湯)、野半の里温泉などは鉄分を多く含み濃厚で有馬温泉よりも温泉成分が多い。=鉄分が多く茶色
龍神温泉、白浜温泉などはアルカリ性でぬるぬるで石鹸も要らない位で美肌効果がありそうです。
勝浦温泉、湯峰温泉は火山も無いのにどういう訳か硫黄系の高温酸性温泉です。
その他にも有田、南部、田辺、本宮、川湯などいたるところに数々の泉質と多くの温泉があるのには驚きです。
4番目は世界遺産の高野山、熊野古道。
高野山は凄い山道を登り詰めて突如天界に現れる真言密教寺院の街、弘法大師様はこんな山深いところに良くぞ聖地を御作りになられたなと驚きです。京都や奈良の仏閣も良いですが、高野山も絶対一度はお参りしておくべきところですよ。熊野古道は江戸時代まで使われてきた全国からの参拝者が通った真言宗総本山の高野山と全国にある熊野神宮総本山の本宮大社とを結ぶ道が山間部に一部残っているものです。
また集落を連ねて旧道としても残っています。

上記は、和歌山県人の皆さんには当たり前でしょうが私が最も感激したことです。和歌山県以外の方は是非この良いところを実感に観光にお越し頂ければと思います。また、和歌山は関西空港から近くリムジンバス(毎時30分毎に発車)に乗ると僅か35分で来られるんですよ。

当社HP  https://www.816kinki.com/area/wakayama/index.html
miyake004@sekisui.jp

2007年05月20日

和歌山自慢の続き

和歌山県歴史等の面白い話を紹介します。
1.和歌山県には日本で唯一県の飛び地がある。

この間家族で瀞峡のジェット船乗ってきた時のガイドさんに聞いた話ですが、瀞峡は和歌山県北山村にあるのですが廻りは三重県と奈良県に囲まれたところです。「古来よりこの辺りで木材を切り出し、北山川に流して下流の新宮で商人がそれを受け取り売るという形態でこの辺りの人々の暮らしが成り立っており、新宮との結びつきが強く江戸時代にはこの地域は和歌山藩新宮領に属していた。廃藩置県で新宮が和歌山県にはいるとこの村は新宮との結びつきの強さゆえに和歌山に入ることを望み、またそれが成ったのである。また交通手段も奈良県側からは山が険しく容易に近づくことが出来ないが新宮川からは容易に出入りできたことなどが飛び地村が出来たわけである。
現在はむしろ三重県の熊野市などとの結びつきが強くなり、三重県の市町村との合併により和歌山県の飛び地でなくなろうという動きも見られたが、住民投票の結果和歌山県に残った。」とのことです。
2.千葉県に同じ地名と食の文化がある。
勝浦、白浜と言う地名は和歌山と千葉両方にあります。昔紀州から黒潮に乗じ房総半島に移住した人が出身地に習い命名したとか言われています。(人に聞いた話なんで明確ではありませんが?)また醤油についても和歌山の湯浅醤油が有名ですがこれも千葉の銚子に渡り野田へ広がっていったとの事です。独特の食文化では太地町では鯨漁がされ鯨を食しますが千葉でも千倉町で鯨漁がされ地元の名物となっています。やはり和歌山と千葉は縁とゆかりで繋がりがあるんですね。
*私自身、東京時代は長く千葉を担当し千葉が好きになり家まで建てた後に和歌山へ異動してきて何か和歌山に運命的なものを感じています。
3.根来衆の話=昔の和歌山県人はわんぱくだった。
岩出市に根来寺という立派な寺がありその脇に岩出市の歴史博物館があり勉強してきたのですが意外な歴史を知り面白かったです。というのもかっては高野山から独立した一派が根来寺を中心に荘園を営んでいたんですがポルトガル船が1543年に種子島漂着し鉄砲が伝来したすぐ翌年には自力で鉄砲の製造に成功しその売却利益と鉄砲の戦術技術で領地を拡大し戦国時代は泉佐野城から岸和田城に至る地域まで治めていました。根来衆=鉄砲集団とも恐れられ豊臣秀吉に攻められ滅ぼされるまで時の大名や織田信長も流石に手強く治めることができなかったようです。その他根来衆に似た鉄砲集団の雑賀衆や熊野水軍といった最強の海賊も時の天皇や源氏を手助けして全国を又に掛けて活躍したそうです。
4.和歌山出身の偉人・有名人・・・・知っていましたか?
私の知っている人だけで言うと、歴史上:徳川将軍の中で最も名将といわれた徳川吉宗、源義経の片腕だった武蔵坊弁慶、松下電器創業の松下幸之助氏、終戦を知らず28年間もルバング島で陣地を守った小野田寛郎氏。学者:国際的な天才博物学者として南方熊楠先生。芸能人:小林稔侍、坂本冬実、明石家さんま、天童よしみ、デューク更家。プロ野球:西本幸雄氏、東尾修氏、藤田平氏、小久保選手、浜中選手。(まだまだたくさんいらっしゃいます)

私自身は和歌山県人でなくて申し訳ないのですが、今は誰よりも和歌山が好きで誇れるんですよ。これからも面白い情報仕入れて報告しますね。

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2007年05月28日

箕島高校大逆転劇

昭和54年 夏の甲子園決勝戦  箕島高校対星陵高校 延長18回サヨナラ勝ちで春夏連覇達成
この壮絶な感動の高校野球史に残る名試合覚えていますか?

9回を終って1対1で延長戦突入。
12回表・星陵に1点取られ
12回裏・箕島2死走者無し一番嶋田宗彦がバッターボックスへ入る前に尾藤監督と一言交わす。嶋田「狙っていいですか?」尾藤「ヨーシ狙っていけ!」第一球目のカーブを渾身のフルスイング、弾丸ライナーが左翼ラッキーゾーンへ突き刺さる奇跡の同点本塁打。
16回表・1点取られ
16回裏・2死走者無しから六番森川が一球目を一塁側へファールフライ、万事休すと思いきや一塁手がエラー。気を取り直した森川、第五球目のストレートをレフトラッキーゾーンへ運び起死回生の同点本塁打。
18回裏・代打辻内四球、三番上野山スリーバンド失敗、四番北野四球、五番上野カウント0-2からレフト前へサヨナラヒット・ミラクル起きる4対3 3時間50分に渡る激闘に終止符、箕島春夏連覇、観衆3万4千人。                                 以上
NPO紀州文化の会発行の「あがらの和歌山」の記事より抜粋して紹介しました。人生どんな壁にぶつかっても決して諦めてはいけないしもう大丈夫と思っても油断できない最後まで遣り通すことを改めて思い知らされますね。

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